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November 2009

November 29, 2009

全日本フットサル選手権群馬県予選20093

11月28、29に行われた全日本フットサル選手権群馬県大会

決勝トーナメント1回戦はTFCとの一戦を制したBLITZと。

先日結婚式に出させてもらった川島が新婚旅行から戻りうちとの試合から合流。

対戦相手として川島と戦うのは公式戦では初めて。

やはり的に回すと厄介な奴で左足は健在だったなぁ。

結果は3対1。

準決勝は現在群馬県リーグ1部で2位につけているTAMACREATE。

準決勝は去年と同じカード。

結果は6対5で辛勝。

なんとか逆転したって感じ。

決勝は昨年と同カードでBFC-KOWAと。

結果は1対5で完敗・・・。

FP7人で20分プレイングを2本はやはりごまかせなかった。

本当に力の差が思いっきり出てしまった。

本当に強い。

正直すごいへこんだけど選手のみんなは頑張ったと思う。

これが今の実力値なんだと実感出来た。

参入戦を戦い抜くのは決して容易ではないのは分かってるし、今の実力では申し訳ないが勝ち抜けない、と思い知らされた。

改めて昨年BFCが参入戦を勝ち取った結果が凄いことだと実感した。

公式戦で戦い抜くのは本当に厳しい事も多くある。

今は準優勝という結果でこれが今の現状。

ここからまた新しい戦いへ向けて準備しよう。

結果を受け入れる。

November 26, 2009

群馬屈指のレフティー!結婚5

2004年度より2007年度までSELECTIVO de OHRAに所属し今でもプライベートや仕事中の電話相手として仲の良い元12番、川島正人が11月21日、太田市のマリエール太田にて挙式しました!

めでたいお話で!

結婚式中に2人の出会いを思い出したりしてみた。

それはまだ公式リーグに参戦する前で、今の10番岩尾の紹介で2人は出会う。

大泉北中で行われた私設フットサル大会でそこに今の嫁さんを岩尾(厳密には岩尾の彼女)が連れて来た。

もう川島の中では付き合いたい!という思いが先行していた事だろう。

その中の試合を岩尾の彼女が撮影をしてくれていて、その横に将来の嫁となった彼女がいた。

大会は確か3位か3位決定戦で負けたか、よく覚えていないけどフッチとバリエンテがスペシャルゲストだった。


試合に負けてビデオ上映会が始まり何が良かったか?修正点は?とフットサルを始めたばかりのみんなで議論していた。

すると川島は『ビデオに何か俺の事しゃべってる声入ってない!??俺がゴール決めたとこ巻き戻して!キャーとかかっこいいとか声が入ってない??』

と試合の振り返りよりも現嫁となる当時はまだ付き合っていない彼女の声を気にしていた・・・。

そんなこんなをふと思い出してみた。

12と女


川島語録には数々の伝説があるが今日は控えておこう。


式にはマナブやマーシー、ケージ、ヨーイチとか元OHRAの選手がいてすごく新鮮な気持ちになった。

みんな結婚して子供がいて川島はその中では最後の砦だったのであろうか。

すげぇ幸せそうで本当にこうして結婚する出会いってちょっとしたキッカケから生まれるものだなぁって改めて感じた。


これでACC組と呼ばれる彼らももう30歳になってみんな結婚しちゃいましたね。


1部リーグまではACCセットと若手セットみたいにセット分けしてたな。


みんな仕事して結婚して子供が生まれて、やけに女の子(ヨーイチの2人目以外)ばっかりで。


女を泣かして来た奴ほど女の子が生まれるんだってさ。

それで娘が嫁に行くときその分泣かされるんだって。


考えてみたら俺も女の子2人、ターも女の子2人。

う〜ん、OHRAユースが育たない・・。

とにかく川島君おめでとう!

多分彼も女の子が生まれるだろうな・・・。

November 16, 2009

現役続行

今回はフットサルとも個人的な話とも全く関係ない話。

46歳で尚も現役続行が決まったプロ野球選手の工藤公康。

前提として私は全く野球には興味がない。

だけど心を打たれた話。

なぜ工藤選手は現役を続行するか?

自分から引退する、というのは絶対に言わないと決めた。

引退するのはプレーする場所が無くなった時で自分から限界を決めるのではないと彼は言ったそうです。

ただ野球が続けたい、続けることを自ら諦めるのではなく、どこのチームからも彼は要らない、と言われた時に引退せざるを得ないと彼は考えたようです。

その背景には優勝請負人と言われていた頃、当時弱小だったダイエーホークスに移籍した時、負け癖のついた球団を強くする為にチームメイトに厳しい事を言い続けたそうです。

だけど、それは負け癖のついているチームからは嫌われる存在に。

ただその時に後輩で藤井という投手が居てその藤井選手は工藤選手の代弁者としてチームに工藤選手の意識を浸透させていったそうです。

そんな藤井選手を工藤選手は頼れる弟分みたいな存在として可愛がり、結果工藤選手も負け癖のついたダイエーにも受け入れられ浮かない存在になっていったそうです。

その数年後弱小だったダイエーは日本一に。

しかし、その可愛がっていた藤井選手は31歳にして末期の肺がんで他界してしまったそうです。

藤井選手はまだまだプレーがしたかった、プレーしたくても出来ない、死を迎えてしまった。

そんな藤井選手の死があったからこそ、自分は自分の手でプレーを止めるという決断をしたくはないという思いが生まれたそうです。

工藤選手が今年拾われたチームは西武ライオンズ。

背番号は55番。

藤井選手が死ぬ前につけていた15番の背番号の5をつけた番号らしいです。

まだ現役を続けるのですか?の問いに『なぜ現役を続けられないと思うのですか?』と。

世の中の常識は彼の常識ではないらしいです。


すごく心を打たれた話でフットサルや自分のチームとも自分とも全く関係ないけど、残しておきたい話だと思って書かせてもらいました。

そんな背景を知ったからか、工藤選手を応援したくなりました。
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